昆虫食はゲテモノではない!古来から漢方薬として使われてきた虫さんの魅力
昆虫食が何かと物議を醸しています。
何事も慣れの問題は大きいと思います。エビ、カニ、シャコなどもよく見ると不気味ですが我々はありがたがって食べています。
人間関係でも見た目や第一印象が良くなくても、付き合っていくうちに魅力がわかってくる人もいることですし・・・。
拒絶反応を起こさないためには、アレルギーの減感作治療の様に少しずつ時間をかけて耐性をつけていくしかないと思います。
相手のことを知ろうという好奇心と愛情も必要です。もちろんそれでも受け付けないことも多いですが。
昆虫食も頭ごなしに食わず嫌いせず、寛容に推移を見守りたい所です。
昆虫を使った薬
今回のコラムは見た目で毛嫌いされている昆虫を食料としてではなく、薬としてフォーカスし、虫さんの名誉のためにその魅力を探り、親しみを持とうという趣旨で記載しました。
自然と供に暮らしていた昔の人は昆虫に親しんでいました。長い歴史の中で昆虫は食料としてのみではなく、薬としても使用されてきました。
西暦1世紀頃の中国の医学書「神農本草経」では収録された全生薬365品目の内16.7%を動物性の生薬が占め、その内41%が昆虫でした。
つまり全体の6.8%、25品目が昆虫性の生薬でした1)。薬効のある昆虫は割と多いのです。
昆虫由来の薬の中で一番抵抗の少ないのは蜂蜜だと思います。
古来より丸薬を作る時のつなぎとして使用され、滋養強壮と潤いを与える作用があるため、体力増強、咳止め、便秘などに使われてきました。
虫嫌いの人も蜂蜜くらいならOKではないでしょうか。
保険適用の昆虫由来生薬
保険適用のエキス漢方剤の中に1種類だけ昆虫由来の生薬が入っています。
何だと思います?答えはセンタイというセミの抜け殻です。消風散という皮膚のかゆみを抑える漢方薬に配合されています。
消風散はジュクジュクした湿疹に良く効きますが、処方する際にセミが入っていることを説明するか悩む所です。
ちなみにセミは食べてもおいしいらしく、古代の中国の遺跡でセミを焼くためのコンロが埋葬品として発掘されています。また古代中国では権威の象徴の尊い虫とされたようです2)。
地竜
地竜という薬もあります。強そうな名前ですが正体はミミズです。
強い解熱作用と抗痙攣作用、利尿作用などがあります。また溶血作用があり脳梗塞による麻痺などにも使用されます。日本ではワキ製薬という会社が養殖しています。
会社のホームページ内にミミズ大学3)というお勉強コーナーがあります。ミミズは部位で効能が異なり、皮に解熱効果があり、内臓に溶血作用があることは知りませんでした。
シャ虫
シャ虫というのは薬用ゴキブリです。中国では現在も使われる生薬で工場で大規模に養殖されています(ふすまや野菜など結構良い餌を食べているそうです。)4)
水蛭
また水蛭という蛭の仲間も使用されます。これらには強い駆瘀血作用(血流改善作用)があり、植物性の処方で改善されない頑固な疾患に使用されます。
慢性疾患には瘀血が絡むことが多く、煎じ薬を処方する専門の薬局や医院での有効例を時々目にするので、前述の地竜を含め個人的にはチャレンジしたい生薬です。
サソリ・ムカデ
ゲテモノ食の代表ともいえるサソリ、ムカデも漢方薬に使われます。
漢方的には痙攣を抑える作用がありますが、メンタルが弱いと飲んだらかえってひっくり返りそうな気もします。見た目が強そうなので精力剤としても食されています。
味については高野秀行の辺境メシによると、サソリはバリバリ硬くエビに近い味、ムカデは薬っぽいほろ苦さがあるとのこと5)。そして絶倫食材を食べた後どうなったかは・・・。
蟻
その他に滋養強壮薬として古くから使われる虫に蟻(アリ)がいます。蟻は自分の400倍の重さを持ち上げる力持ちなので、その力にあやかったと解説されています。
亜鉛を始めとしたミネラルの含有量が多く、慢性疲労、腰痛、関節痛などに効果があります。
健康食品としてイスクラ産業からイーパオという錠剤が販売されています。また媚薬の検証というちょっと怪しげな本には蟻酒の効果が描写されています。
個人差はあると思いますが、著者の腰痛、冷え、おしっこのトラブルに良く効いたみたいで「何というパワーだすごいぞ蟻」と絶賛していました6)。
またこの本では個人輸入の強壮、強精効果をうたった漢方の健康食品にはこっそりバイアグラが混ぜ込んである可能性が高いことも書いています。注意しましょう。
カマキリの卵
そのほかカマキリの卵は桑螵蛸という名前でED薬に配合されたりします。
昔公園で拾ったカマキリの卵を引き出しに入れっぱなしにしてそのまま孵化して大惨事になった記憶がありますが、その生命力を取り入れようという発想なのでしょうね、きっと・・・。
がまの油
昆虫ではありませんが爬虫類、両生類の類いではがまの油で有名なセンソという生薬があります。
外用では止血、止汗作用があり、内服では強心作用があるとされ、市販薬の救心に配合されています。高価です。
救心のホームページにセンソの解説が詳しいです。ムツゴロウさんが、がまの油をなめて徹夜したエピソードが面白かったです7)。
亀の甲羅
亀の甲羅は亀板という生薬です。お腹側の甲羅の中心に真っ直ぐに線が入っており、これが任脈(人間の体の中心を走る経絡で生理、出産などのホルモンを司る)を連想させるため、婦人科疾患に良く使用されます。
陰を補う(潤いを与えて、熱を冷ます)とされ、更年期障害ののぼせや、不正性器出血に対して使われます。亀ゼリーが美容に良いと一時期はやりました。
マムシ・ハブ
マムシ、ハブは反鼻(はんび)と呼ばれます。痔の漢方で紹介した伯州散、別名外科倒しに配合されています。
強壮、排膿作用があります。反鼻交感丹という処方はうつ病に使用されました8)。肉体的、精神的に元気をつける作用を期待したのだと思います。
イモリ・ヤモリ
イモリやヤモリの黒焼きは惚れ薬として流通していました。千と千尋の神隠しにもちらっとでてきました。
イモリの雄と雌を竹筒に閉じ込めてお互いが恋い焦がれたところを黒焼きにするそうです。そして意中の人にその粉末を振りかけると、振り向いてくれるとかくれないとか。薬というよりおまじないですかね。
外用薬に使われる虫もいます。
ゲンセイ
ゲンセイというツチハンミョウ科の猛毒を持つ昆虫がいます。この昆虫の持つカンタリジンという物質を適度に薄めると皮膚科の外用として使用でき、いぼ取りや毛生え薬に使用されます。
またヨーロッパでは内服して古来より媚薬として使用されてきたそうです。尿道から排出される時にペニスを刺激して起ちを良くするそうですが、猛毒なのでさじ加減を間違うと大惨事。命がけです。
ミツバチの針
蜂に刺されるとアナフィラキシーが心配されますが、わざとミツバチの針を刺して刺激する療法もあります。
韓国ドラマのチャングムの誓いにも出てきました。経穴(ツボ)に蜂の針を刺すことで鍼灸とお灸とを併用したような特殊な効果を期待できるとのことです。
ミツバチを使った治療をアピセラピーといい、ヨーロッパでも昔からある療法で、現代でも研究されています。
変わったところで
漢方ではありませんが、マゴット療法というのもあります。糖尿病の足壊死などにウジ虫を放って、壊死組織を食べてもらい、きれいにするという療法です。
ウジの分泌物で傷の治癒も促進されます。勉強用の動画を見たことがありますが、結構ショッキングな映像でした。
ウジがハエになる前に取り除く必要があり、管理が大変です。
今後の医療業界の発展にも
最近では線虫でがんの診断をすることが話題になったり、蚊の針を参考に痛くない注射針を開発したり、医療業界はいろいろ昆虫にお世話になっています。
昆虫食が世間を賑わしていたので、医療の視点から昆虫について少し勉強してみました。私自身もあまり経験がなく、資料の羅列の様な記事になってしまいました。
中々実際に挑戦するにはハードルが高い所もありますが、これを機に昆虫に対しての理解をもう少し深め、いつの日か詳細な体験談を記載できるくらいに精進しようと思います。
ちなみに現在の私の虫に対するレベルは、草むしりをしていてコオロギやムカデが飛び出してくると絶叫してしまう、レベル1です。まだまだ修行が必要です。
1. 野口衛. 薬の来た道進む道(その2). 薬学図書館. 33(3), 165-172, 1988.
2. 瀬川千秋. 中国 虫の奇聞録. 大修館書店. 2016.
3. ワキ製薬株式会社. 「ミミズ大学」. http://41332.jp/top.html (参照2023/03/14)
4. 村上文崇. 読む漢方薬 ストレスに負けない心になる「人生の処方箋」. 双葉社. 2015
5. 高野 秀行. 辺境メシ ヤバそうだから食べてみた. 文藝春秋. 2018.
6. 川口友万. 媚薬の検証. データ・ハウス. 2011.
7. 救心製薬株式会社 「生薬のはなし 蟾酥(センソ)その一 」.
https://www.kyushin.co.jp/herb/herb05.html (参照2023/03/14)
8. 大塚 敬節, 他. 漢方診療医典. 南山堂. 1969