
岐阜の由来は中国の地名!?漢方・易経との関係
岐阜の地名の由来
〜 漢方と易経との深い関係 〜
岐阜の名前の由来
織田信長が中国の地名「岐山」と「曲阜」を組み合わせて、
『岐阜』と名付けたとされます。
この「岐山」と「曲阜」に関連のある、東洋医学や歴史において非常に重要な人物を3人挙げてみます。
岐伯 (伝説の名医)
中国最古の医学書に「黄帝内経(こうていだいけい)」があります。現在も読み継がれている漢方のバイブルです。
上古時代(文字の無い時代)の帝王、黄帝の質問に名医である岐伯が返答をする対話形式で構成されています。
この伝説の名医・岐伯は、「岐山の人」と言われています。
周の文王 (易経の祖)
岐山は周王朝の発祥地でもあります。周の文王は殷の紂王(酒池肉林で有名な暴君)に幽閉されていた時に、易の64卦辞を記したとされます。
易経は周の時代に成立したので「周易」とも呼ばれます。
釣りをしていた太公望を軍師に迎えて善政を敷いたことでも有名です。
孔子 (儒教の祖)
論語で有名な孔子の生まれ故郷が「曲阜」です。
孔子は易経を好み、竹簡を綴じた紐が擦り切れるまで何度も読んだとされます。このことが「韋編三絶(いへんさんぜつ)」という故事成語にもなっています。
孔子が易経の十翼を記し、完成させたとされています。
「岐山」と「曲阜」を名前の由来とする岐阜の地で、
文王、孔子を目標に易経を学び、
岐伯のような名医を目指したいと思います。
願わくば、岐阜の岐伯とならんことを。

