
なぜ人間に寿命があるのか?コノハナサクヤヒメ神話と漢方の関係
寿命がある理由 コノハナサクヤヒメとイワナガヒメの神話
寿命を説明した日本神話に木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)と石長比売(イワナガヒメ)のお話があります。
コノハナサクヤヒメは花の女神でイワナガヒメは岩石の女神です。二人は姉妹の神様でした。


ある時、ニニギノミコトに二人の姉妹が嫁ぐことになりました。コノハナサクヤヒメは花の女神で美しく、イワナガヒメは岩石の女神で醜い風貌でした。
ニニギノミコトはその容姿からコノハナサクヤヒメのみを妻とし、イワナガヒメを親元に返してしましました。
姉妹の親である山の神は怒って言いました。コノハナサクヤヒメを娶った事により花の様に美しく繁栄するであろうが、イワナガヒメを拒絶したため岩の様な長い命を失い、その命は短いものとなるだろうと。

これが日本神話における寿命の説明です。美しく説得力のある神話だと思います。
このお話を医学、漢方に拡張してみましょう。
現在の日本で使用される漢方生薬のほとんどが植物原料です。寿命のある我々はコノハナサクヤヒメの子孫であり、植物と相性が良いようです。

一方で鉱物生薬は滑石、石膏、竜骨、牡蛎、芒硝など少数です。鉱物薬は毒性や副作用の問題で扱いが難しいのです。未だにイワナガヒメとは確執があるようです。

日本ではコノハナサクヤヒメの神話にあるように、生とは「はかないもの」という考えが主流であったと思います。
それに対して中国では皇帝や権力者は生に貪欲であり、真剣に死を克服しようとしました。そのため道士による不老不死の仙薬、丹薬の研究が盛んとなりました。
病気に対する処方薬とは異なり、不老不死を目指す仙薬、丹薬は「鉱物の不滅性」に着想を得た鉱物薬のオンパレードです。日本神話風に表現をすると、あたかも長命のイワナガヒメに求婚をするが如くです。
しかしその結果は惨憺たるもので、多くの権力者、知識人が丹薬による金属中毒で却って寿命を縮めてしまうという皮肉な結果に終わっています。
現在の薬はどうでしょうか。
実は鉱物、無機物由来の薬は意外に多く使われています。貧血の鉄、便秘のマグネシウム、胃薬のアルミニウム、味覚障害の亜鉛、躁病のリチウム、リウマチの金、白血病の砒素、抗がん剤のプラチナなど。

また石油から化学合成される化学薬品も多くあります。現在の製薬技術はイワナガヒメの領域にずいぶん近づいたと言えるのかもしれません。
今後、イワナガヒメと和解してさらに寿命が延びる日は来るのでしょうか。
GWに愛知県の篠島を訪れて、コノハナサクヤヒメの祠を見つけてこのコラムを思いつきました。
- 書いた人
岐阜市・加納渡辺病院
外科専門医・漢方専門医 渡邊学