
漢方医学から読み解く「氣」の正体:気と胃腸の密接な関係
気と米の関係 氣力は丈夫な胃腸から
今回のコラムでは気とお米、そして胃腸との関係について記載しようと思います。
漢字のお勉強
気の旧字体は「氣」です。氣=气+米です。气は雲、米は稲穂の象形文字です。氣の字を見ると、雲(气)のたなびく青空の下、水田で稲(米)が育つ風景をイメージできます。あるいは炊き立てのご飯がホクホクの湯気をたてているイメージもできます。天の気(空气)と地の気(お米)のエネルギー(氣)によって人間が活動できるとも解釈できます。

また中国最古の漢字辞典「説文解字」には氣とは「饋客芻米也」と説明されています。「大事なお客さんを食事でもてなすこと」という意味です。食事をともにし、和気あいあいと楽しむことが氣の交流に大事なのだと考えさせられます。
氣はどこで作られるのか
氣は色々な意味を持ちますが、今回のコラムでは簡単にエネルギーとしておきます。エネルギーはどこで作られるのでしょうか。氣の漢字を見てみると气+米です。空気とお米つまり呼吸と消化で作られると言えそうです。
道教では呼吸を重視しました。導引、行気などの呼吸法を究めれば、仙人のように霞を食べて生きていけるというやつです。
それに対して漢方では胃腸、消化を重視しました。栄養状態が悪く、点滴の無い時代には何でも消化できる強靭な胃袋が生命力、氣力を意味したことは想像に難くありません。

漢方においては氣力=消化能力と言っても過言ではないと思います。
気虚、気鬱、気逆
気の異常では気虚(ぐったり)、気鬱(うつうつ)、気逆(イライラ)が有名です。
近年の漢方治療では気はメンタルの意味合いが強いですが、氣力=消化能力と読み替えるとまた違った側面が見えます。
気虚=消化不良、気鬱=ストレス性胃腸炎、気逆=便秘によって、消化管が機能せずに氣(エネルギー)がうまく作れない状態と言い換えても良いかも知れません。
- 気虚(ぐったり、消化不良)に対しては補気剤が処方されます。元気を補うというのは結局の所、消化能力を底上げするということです。代表的な補気剤をいくつか挙げてみます。補中益気湯、六君子湯は朝鮮人参を含み、食欲調節ホルモンのグレリンを活性化して食欲を増進させます。小建中湯、大建中湯は膠飴(マルトース)で腸内細菌を改善し腹痛に処方されます。半夏白朮天麻湯は神麹(麦芽)のアミラーゼでデンプンの消化を改善し眩暈、吐き気、頭痛などに処方されます。啓脾湯は山芋、蓮根、山査子で下痢をとめます。補気剤は消化剤なのです。
- 気鬱(うつうつ、ストレス性胃腸炎)に対しては理気剤が処方されます。気を巡らすためには、ストレスによる交感神経の昂りを抑え、副交感神経によるリラックス状態を目指します。副交感神経が優位になれば、胃腸の蠕動が更新し、閉塞が解消されて気(消化管のガス)が流れ、胃腸の調子が良くなります。香蘇散、半夏厚朴湯、柴胡桂枝湯、四逆散、女神散などが有名です。
- 気逆(イライラ、便秘による閉塞、逆流)には承気(順気)湯が処方されます。強力な下剤で詰まった気を便から排出します。便秘が治ると体も気分もすっきりします。桃核承気湯が有名です。
今回のコラムでは氣の漢字の成り立ちに着目してみました。漢方においては氣力=消化能力と言っても良く、氣に働く薬は消化管に働く事を書きました。
健全な氣は丈夫な胃腸から。これは最近よく話題になる脳腸相関とも関連があると思います。
話は少し飛躍しますが、
環境破壊、異常気象、減反政策などできれいな空気、美しい水田が激減しています。
現在は空前の米不足であります。米が不足するという事は「氣」も当然不足する事でしょう。社会的な気虚状態といっても良いのかもしれません。氣を病む人が増えない事を願います。
何とかみんなが氣力を取り戻し、共に食卓を囲み、和気あいあいと氣の交流ができるようになることを祈ります。

書いた人
岐阜市・加納渡辺病院
外科専門医・漢方専門医 渡邊学