節分の風物詩:岐阜市の鬼像と漢方医学
節分が近づき、岐阜市加納の玉性院に鬼の像が建ちました。
交差点に立つ鬼はこの時期の風物詩となっています。今の鬼の顔は先代と比べて、濃くてリアルな印象です。
遥か昔、35年ほど前になりますが、幼稚園のバスで鬼の見学に行ったことをおぼろげながら覚えています。
今回は節分にちなんで、鬼と漢方のお話をしようと思います。
医学の未熟な時代には病気は鬼の祟りとされ、鬼を鎮めるまじない(巫術)が病気の治療を担っていました。その証拠に「医」の古い字体の「毉」の中に「巫」の字が含まれています。
時代を経て、医術と巫術が分離して行きますが、同一であった頃の名残は根強く、しばらくの間は医術においても伝染病や突然死、幻覚や幻聴などの精神疾患は鬼の仕業として恐れられてきました。
中国最古の薬物学書、「神農本草経」には効能に「鬼を殺す」と記載された生薬があります。その内のいくつかを紹介してみます。
大豆
ご存じ節分の豆です。「煮て汁を飲めば鬼毒を殺す」とあります。
栄養が悪かった時代には大豆を食べて栄養をつけることが、鬼毒(疫病)に対抗する方法だったのでしょうか。豆類には利尿作用があり、もやしは浮腫に良いです。
黄色の大豆は胃腸を調え元気を増し、黒大豆にはアンチエイジングの作用があるとされます。
黒大豆を発酵させた豆豉(トウチ)は胸の辺りの熱を取る効能があるとされており、梔子鼓湯という病後の不眠や胸の苦しさに使う漢方薬に配合されています。
天麻
「鬼精物を殺し、蠱毒悪気を治す」とあります。和名をオニノヤガラ(鬼の矢柄)と言います。
葉のない長い茎の先端に小さな花が咲いた様子が、地面に突き刺さった矢の様に見えます。
この形から鬼が放った矢を連想したのか、あるいは鬼を殺す矢を連想したのでしょうか。
半夏白朮天麻湯という頭痛、めまいに使う薬に配合されています。
虚証に使う優しい薬かと思っていましたが、天麻のこの話を聞いて、少しイメージが変わりました。今後は鬼を射るつもりで処方します。
桃
「百鬼精物を殺す」とあります。桃は古来より魔除け、不老長寿の効能があるとされています。
イザナギが黄泉の国から脱出する際に雷神に投げつけたのが桃ですし、孫悟空が盗み食いをした不老長寿の果実も桃です。漢方薬では桃核承気湯が有名です。
便秘、高血圧、興奮、イライラ、赤ら顔などの赤鬼を連想する症状に有効です。
鬼の霍乱という諺もあります。
霍乱(かくらん)とは夏に起きる急性胃腸炎のことで、鬼の霍乱は普段元気な人も病気をするという例えです。
霍乱には漢方薬の五苓散が有効とされていますが、鬼にも効くかは不明です。
鬼の名前のついたツボもあります。
孫思邈13鬼穴。鬼哭の灸。
竜宮城と漢方のコラムで紹介した「孫思邈(そんしばく)」先生が精神疾患に使用する13個のツボを紹介しています。精神疾患に効くということで、それぞれのツボに鬼のつく別名をつけています。
鼻の下にある人中(鬼宮)から、手足の親指の爪際にある少商(鬼信)、陰白(鬼塁)と続き、13番目は舌(鬼封)で終わります。
興味がある人は13穴全部をネットで調べて見て下さい(漢字より英語が得意なら、13 ghost points で検索すると良いです)。
少商は鬼眼穴という別名もあり、両手の親指を縛ってその間にお灸をすえる鬼哭の灸という方法も伝わっています。
何故13穴なのかに関しては、北斗七星と南斗六星には鬼を封じる力があり、その合計数の13から取ったという呪術的な要素も一説にはあるそうです。
良い薬の無い昔は、精神疾患や痙攣、癲癇にこれらの方法で対応していた様です。
鬼と漢方の関係についてコラムを記載しました。
魔が差すといいます。鬼は人の弱みにつけ込んで、心の内からも、体の外からも、ふとした瞬間に入り込んで来ます。養生をして鬼につけ込むスキを与えないことが大切です。
最後に貝原益軒の養生訓の一節を載せておきます。
養生の術は、先ずわが身をそこなう物を去るべし。 身をそこなう物は、内欲と外邪なり。
内からの欲望を制御し、外からのトラブルに備える事が、養生の術と言っています。鬼を寄せ付けないコツと言い換えても良いと思います。
今年の節分は大豆と一緒にこの言葉を噛みしめようと思います。
書いた人
岐阜市 加納渡辺病院
外科専門医・漢方専門医 渡邊学