
気剤の三姉妹:香蘇散・半夏厚朴湯・六君子湯|漢方医が解説する構成生薬・作用・症例・ツボ対応まで
気剤の三姉妹:香蘇散、半夏厚朴湯、六君子湯
漢方の勉強会で香蘇散、半夏厚朴湯、六君子湯について講義をさせて頂きました。
その内容をコラム用に改編して載せてみます。お医者さん向けですが、興味がある方は参考にしてみてください。
今回は気に作用する薬として、気を巡らす理気薬の香蘇散と半夏厚朴湯、元気をつける補気薬の六君子湯を気剤の三姉妹と名付けてまとめて解説してみようと思います。

①構成生薬を見てみましょう。
香蘇散は香附子と紫蘇が主薬で、気を巡らせる作用を持ちます。また散剤であるところがポイントです。散剤は香りなどの揮発成分を重視する場合の剤型であり、香蘇散も香りを重視した気に働く薬と言えます。
半夏厚朴湯は半夏と厚朴が主薬です。滞った痰飲(余剰な水分)を乾かしながら巡らせる作用があります。香蘇散と半夏厚朴湯の二つの理気剤を併せると痰飲をさばく代表薬の二陳湯が含まれることになります。
六君子湯は痰飲をさばく二陳湯に人参、蒼朮が配合されています。胃腸の機能を高め、水分代謝を改善する作用が増強されます。六君子湯は水に作用する薬と言えます。
香蘇散、半夏厚朴湯、六君子湯は構成生薬では重複する所があり、気剤の三姉妹と名付けた理由がお分かりいただけたかと思います。

②それぞれの薬の作用部位を説明します。
香蘇散は気に作用します。気は軽く上に上る性質があるので、頭部の症状に効果があります。例えば頭痛、耳なり、嗅覚異常など。また天候に左右される体調不良なども含まれます。
半夏厚朴湯は痰に作用します。痰は胸部にたまりやすいので梅核気、胸やけ、吐気、咳、痰などの胸部症状に対応します。
六君子湯は水に作用します。主には腹部症状であり、消化不良による腹満、下痢、倦怠感などに対応します。
気が頭で、水がお腹で、気と水の交流がうまくいかずに滞った痰が胸にたまるという図式です。
樹木に例えると気は光合成や蒸散をする葉に作用し、水は養分を吸収する根っこに作用し、樹液が痰のイメージでしょうか。光が当たらず色の悪い葉っぱに香蘇散、べちゃべちゃした樹液のついた幹に半夏厚朴湯、水が多すぎて根腐れした根っこに六君子湯が対応するイメージです。

③実際に処方する際の簡単なポイントを提示します。
気剤の三姉妹は虚証患者に使用される薬であり、患者さんの目に力がない、目の周りが浮腫みっぽいというのは共通した特徴であると思います。
また簡便な問診としては、気、頭部に作用する香蘇散は天候による頭痛や憂鬱な気分。痰飲、胸部に作用する半夏厚朴湯は梅核気。水、腹部に作用する六君子湯は食後の倦怠感の有無や軟便傾向の有無を問診すると参考になります。
虚証患者における表証、半表半裏証、裏証と捉えても良いと思います。

④3剤の特徴をツボで表現してみます。
原穴では香蘇散は肺経の太淵、気を巡らし元気を出すツボ。半夏厚朴湯は肝経の太衝、イライラを抑えて緊張をほぐすツボ。六君子湯は脾経の太白、消化機能を高めるツボが対応すると思います。背部兪穴では上中下に分けて、香蘇散は上部の風門、肺兪、半夏厚朴湯は中部の膈兪、肝兪、六君子湯は下部の脾兪、胃兪を対応させても良いと思います。

⑤症例提示に移ります。
気剤の3姉妹は構成生薬がお互いに似ているため、鑑別に悩むことも多いです。しかしそれを逆手にとって、気軽に併用しても大丈夫です。名前のついた有名な合方も存在します。今回は合方した症例を紹介しようと思います。実際の症例をわかりやすく少しアレンジして紹介します。
症例①:40代女性
主訴:不安、食思不振
経過:息子の高校受験があった。受験が終わってほっとしたが、結果が出るまで心配で食事が喉を通らないとの訴え。心配、不安感に香蘇散、喉のつかえに半夏厚朴湯を処方した所、気持ちが落ち着き食事が喉を通るようになった。
考案:典型的な気滞の一例。香蘇散と半夏厚朴湯は鑑別に悩むことがあるが、構成生薬に重複が少なく、合方すると気滞に対する効果増強が期待できる。私の好きなコンビネーション。東日本大震災でのメンタルのトラブルにも処方された。
症例②:40代男性
主訴:covid19感染後の食思不振、気分障害、嗅覚異常
経過:covid19感染後の食指不振に対して六君子湯を処方したところ、やや改善したが、満足いく程ではなかった。憂鬱な気分、嗅覚異常の訴えもあったため、香蘇散を追加したところ、徐々に症状が改善に向かった。
考案:食思不振、憂鬱、嗅覚障害は気虚と気滞の合併と考えられ、六君子湯と香蘇散の合方が有効であった。香蘇散と六君子湯の合方は香砂六君子湯に近い。食欲がなく憂鬱な、気虚と気滞の合併に有効とされる。
症例③:40代男性
主訴:胸やけ
経過:体格の良い男性であったため、大柴胡湯を処方したところ、胸やけは半分程度になった。しかし体格に比して目が優しい。あまりイライラはせず、疲れやすいとのこと。茯苓飲合半夏厚朴湯に変方したところ、胸やけがほぼ消失した。
考案:体格のよい男性であったが、実際はやや虚証であった。茯苓飲合半夏厚朴湯(半夏厚朴湯+六君子湯が近い)は柴胡剤や瀉心湯が無効の虚証の胸やけに有効な事が多い。上部消化管手術後の通過障害などにも使用される。
症例④:50代女性
主訴:うつ病、食思不振
経過:他院にてうつ病の治療中。食欲がなく、食事を食べても味がしない。頭がぼーっとして、集中力が持続しないとの訴え。舌を診ると白苔がべっとりとついている。茯苓飲合半夏厚朴湯と香蘇散を処方。投薬後、食事の味がわかる様になった。気持ちには波があるが、多少良い日が増えたとのこと。
考案:食思不振に六君子湯、頭帽感に香蘇散、白苔に半夏厚朴湯を選択した。茯苓飲合半夏厚朴湯と香蘇散の合方は気剤の3姉妹の全部乗せと言える。韓国処方の正理湯に近いとのこと。気と水の流れが悪く、全身にべったり痰がつまった状態に適応する。どんより、ぼんやりして動作が鈍い印象の患者さんに処方する。
香蘇散、半夏厚朴湯、六君子湯を併用した症例を提示してみました。合方の参考になれば幸いです。
⑥柴胡剤についても触れておきます。
理気疏肝の柴胡剤はイライラや側胸部、耳の症状に使用されます。気剤の三姉妹とも相性がよく、合方に名前の付いた処方があります。
香蘇散と小柴胡湯は柴蘇飲といい、耳鼻科領域でよく使われます。
半夏厚朴湯との合方は柴朴湯として有名で喘息などに使用されます。
六君子湯と四逆散の合方は柴芍六君子湯といわれ、ストレス性の胃炎や腹痛に使用されます。
効果増強のコツとして名前を覚えておかれると良いと思います。
⑦最後に処方に愛着を持つための雑学です。
香蘇散と半夏厚朴湯に共通する生薬の紫蘇は華佗がカニ中毒で死にかけた患者を紫蘇で助けた逸話が有名です。紫になった患者をよみがえらせたので紫蘇となりました。香蘇散が魚による蕁麻疹に有効とか、刺身のツマに紫蘇がついているのはこの逸話に因んでいるようです。紫蘇は蘇生の薬なのです。
香附子の親戚にタイガーナッツというスーパーフードがあります。エジプト、地中海あたりでは消化薬、媚薬、強壮剤として使用されました。原産がキプロス島であることから学名にキプロスが入っています。キプロス島はビーナスの誕生の地として有名です。香附子はビーナス、女神様の薬なのです。ちなみに女神散にも香附子が配合されています。
厚朴は朴の木の樹皮です。朴の木は刀の鞘の材料とされたそうです。また葉は朴葉みそで有名です。朴の字は包むから来ているという説もあります。また葉が大きく、傘の様に見えるのでアンブレラツリーと呼ばれます。厚朴は高ぶった心や、消化管の動きを守り包んでくれる生薬と言えます。
蘇生、女神、包み込む、色々イメージしながら処方するのも楽しいです。

気を巡らす理気薬の香蘇散と半夏厚朴湯、元気をつける補気薬の六君子湯を気剤の三姉妹と名付けて解説をしてみました。参考になれば幸いです。
- 書いた人
岐阜市・加納渡辺病院
外科専門医・漢方専門医 渡邊学