
第76回 日本東洋医学会学術総会に参加しました 於 富山国際会議場 〜お土産話と反魂丹〜
第76回 日本東洋医学会学術総会
於 富山国際会議場 〜お土産話と反魂丹〜富山で開催された第76回東洋医学会学術総会に参加してきたので、お土産話を書いてみます。
急性期の漢方と「治打撲一方」
「急性期の漢方治療」のセッションに参加をしました。打撲傷に対して「治打撲一方(ぢだぼくいっぽう)」がとても人気があることを知って驚きました。
私も外来で処方しますが、そこまでの著効例を経験していませんでした。もっと効かせるコツがあるのでしょう。今回の学会で勉強したことを参考に研究してみようと思いました。
管鍼法と杉山和一の粋な逸話
医師向けの鍼灸セミナーにも参加してみました。満席で鍼灸に対する関心が高いことがわかりました。
日本では管鍼法(かんしんほう)という筒に鍼を入れて刺す方法が有名です。管鍼法は杉山和一という江戸時代の盲目の鍼灸師が編み出した方法です。
セミナーでは、この杉山和一に関する面白い逸話が紹介されていました。
松葉のひらめきと、本所一つ目
杉山和一は不器用で物覚えが悪く、鍼術の習得がおぼつかないことを悲観して、江の島弁財天を訪れて願掛けをします。
その時、石につまずいて何かが足に刺さりました。何が刺さったかを確かめてみると、それは落ち葉にくるまれた松葉でした。
これにインスピレーションを得て、筒に入れて鍼を刺す「管鍼法」を思いついたのだそうです。
杉山和一は五代将軍・徳川綱吉の治療をして信頼を得ます。綱吉が何か褒美に欲しい物はないかと聞いた所、盲目の和一は
「目を一つ得て、上様のお顔を拝見しとう御座います」と答えます。
これに対して将軍綱吉は、「本所一つ目」という場所に大きなお屋敷を与えました。粋な計らいですよね。
富山の薬と「反魂丹」
会場をはなれて富山の町を少し散策しました。
富山の薬を有名にした処方に反魂丹があります。江戸城内で急病人が発生した際、富山藩主が印籠に入れて携帯していた反魂丹を飲ませたところ、たちまちに回復しました。これを見た他藩の藩主が反魂丹を買い求めたのが、薬の町富山を有名にした始まりなのだとか。
池田屋安兵衛商店を訪ねて
反魂丹を扱っている池田屋安兵衛商店を訪ねました。
昔の丸薬の作り方のデモンストレーションや、レトロなパッケージの置き薬が見れて楽しかったです。
店舗の2階で昔は薬を製造していたそうですが、現在はおしゃれな薬膳カフェとなっていました。お土産として自分用に反魂丹を購入しました。腹痛、二日酔いに良く効くそうですよ。
お菓子の反魂丹と紙風船
反魂丹はお菓子にもなっています。黒い丸薬を模したお饅頭が金色の包装紙で包まれていてなかなかしゃれています。
お菓子の箱の中に、富山の薬売りがおまけにつけた紙風船も入っていました。富山で開催された東洋医学会のお土産にぴったりと思い、富山駅で購入しました。
禁忌の秘術「反魂の術」
反魂丹とは関係ありませんが、西行法師が反魂の術を行ったという話があり面白いので載せておきます。
西行法師が孤独に苦しんだ折、人恋しさをまぎらわすために反魂の術を試みます。死人の骨をならべて砒素を塗り、イチゴやハコベの葉で形を作り、藤のツルで骨をつなぎ、髪の毛にはサイカチとムクゲの黒焼きを塗り付け、香を焚いて反魂の術を執り行いました。
しかし生まれたのは血色が悪く、心を持たぬ怪物で、その声は壊れた笛の鳴る様だったそうです。西行はこの出来損ないの怪物の処分に困り、高野山の人目のつかぬ所に遺棄しました。
伏見源中納言に失敗した理由をたずねると、「香は魔を払い、聖を呼ぶため焚いてはならなかった」とのこと。
魔の力を借りる禁術である事を悟った西行法師は、その後反魂の術を行うことはなかったのだとか。

